2022年9月8日木曜日

【今や馬主】オーウェン:『リバプールに戻る可能性があった』



リバプールからレアル・マドリーを経て、キャリア晩年にはマンチェスター・ユナイテッドに加入しちゃったマイケル・オーウェン。

引退後は馬主としての夢を語る番組がDAZNで放映されたり、19歳の娘が恋愛リアリティショーに出演したことも話題になった元祖ワンダーボーイ。

レアル・マドリー退団後にニューカッスルに加入した彼ですが、実はニューカッスル加入後もリバプールに復帰する可能性はあったと話しています。

※コメントはOff the ball(via Chronicle Live)の記事から引用しました。




リバプールでは通算297試合158ゴールの成績を残してバロンドールにも輝き、2004年夏に加入したレアル・マドリーでも04/05シーズンのラ・リーガ最高得点率となるリーグ戦36試合13ゴールを記録。

しかし、シーズン全体で45試合出場(スタメン26試合)で16ゴールの成績を残しながらもラウールやロナウドの控えという立ち位置、シーズン終了後のロビーニョやジュリオ・バチスタの加入もあって1シーズン限りでの退団を決意。

オーウェンとリバプールともに復帰を希望し、リバプールでチームメイトだったブルーノ・シェイルの家でラファ・ベニテス監督やリック・パリーCEOと会談したことで復帰が既定路線かと思われたが、当時のリバプールはニューカッスルが提示した£1,680万というオファーと競うことを望まず。

選択肢はマドリー残留orニューカッスル。

最終的にオーウェンは望んでいなかったニューカッスル移籍を選ぶことになるが、それは代理人トニー・スティーブンス氏が暗躍し、『4年契約に退団条項を設定、加えてその金額が毎年£400万ずつ減額される』という条件を勝ち取ったため。

退団条項の金額は不明ながら、リバプールが条項を行使すれば皆が望んだ復帰がすぐにでも成立する…はずだったが、何故そのままニューカッスルで4年を過ごしたのか。


ニューカッスルには、毎シーズン終了後に一定の金額でリバプールに復帰できる可能性があるという条件を付けて加入した。

そして1年目の05/06シーズン終了後からそれが叶うかに見えたが、2006年のワールドカップで膝をやってしまった(右膝前十字靭帯断裂)ことで立ち消えになってしまった。

毎年夏の終わりには皆んなと連絡を取っていたし、キャラガーやジェラードも復帰させようと働き掛けてくれた。

でも、時は流れる。

リバプールはトーレスと契約したし、スアレスとも契約して、その時点で私が必要とされることはなかった。

マドリーに行く決断をしたのは自分だし、恨んではいないよ。



ニューカッスル退団後、ファギーから直接連絡を受けたことでマンチェスター・ユナイテッド移籍を決意。

2年契約で加入し、出場機会こそなかったものの10/11シーズンはバルセロナとのCL決勝でベンチ入り。

そして12/13シーズンにストーク・シティに所属したのを最後に33歳で現役引退。

1996年のデビューから2013年の引退まで、470試合に出場し220ゴール。

イングランド代表では1998年のデビューから2008年までの10年間で89試合に出場し、歴代6位となる40ゴールを挙げた。

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